長板中型は、江戸時代に浴衣地として発達した藍型染めです。
両面染めによる藍と白のはっきりとしたコントラストがこの技法の真骨頂といえます。
中程度の大きさの柄の型紙を使いて藍染めしたことから「中形」ともよばれます。
江戸時代から伝わる伝統技法で、手作業で製作されます。
「江戸中形」「長板本染中形」ともいいます。
ではさらに詳しくお話します。
長板中形の藍染め
「長板」というのは、木綿の浴衣地を張り付ける、長さ約6.4メートル、巾45センチの張り板で、モミの木の板を使用します。
「中形」とは、浴衣の柄の大きさのことです。
型友禅などの大きな柄よりも小さく、江戸小紋よりも大きい柄、つまり中くらいの柄が多いというのが由来であるといわれます。
江戸時代から主に木綿の浴衣地の染色に用いられてきたことから、浴衣の代名詞にもなっています。
長板中形の染め方
染め方は、長さ6.4メートルのモミの板1枚に生地を張り、その上に型紙を置き、へらで防染糊を置いて天日で乾かします。
その後裏からも表とぴったり重なるように型紙を置き、一反ずつ手で染めます。
大豆の汁で糊を抜き、藍を入れた甕で染め、乾かしてから水洗いを繰り返します。
乾かしてから幅出しなどの整理を行い、美しい藍色の反物として完成です。
贅沢禁止により木綿しか着られなくなる
江戸時代の将軍吉宗公の時代(8代将軍・在職期間1716年 – 1745年)に、度重なる贅沢禁止令が出ます。
一般町民は絹のようなものを着てはいけない、
絞りのような手の込んだものを着てはならない、とされました。
一般の人は、「木綿を着ること、しかも色は藍」と決められました。
そのため「長板中形」は江戸庶民の湯上り着、夏の常用着である浴衣に用いられました。
藍だけのおしゃれを極めた染め
不満は大きかったものの、町民や職人は奮起します。
緻密な柄を反物の表と裏に同じ柄を染めて、権力者に粋な心意気で反発したのが、長板染めです。
技術的には武士の礼装である裃(かみしも)小紋より、はるかに難しい技術のものを、町人が着ていた時代でした。
ゆかたの長板染めの方法から、絹布に染める「江戸小紋」が生まれたともいわれています。
長板中型の時代の変遷と歴史
明治末期には浴衣の大部分が化学染料を用いた注染中形(あるいは籠付け中形)の技法が用いられ、江戸中形の需要は減少。
昭和に入りさらにその傾向が強くなり、江戸中形は伝統技術として保護されるようになります。
人間国宝となった松原定吉、清水幸太郎の両氏
昭和30年江戸時代からの伝統技法で染める長板中形の技術保持者として、松原定吉、清水幸太郎の両氏が重要無形文化財に指定され(人間国宝)ます。
そしてその技術は今日までうけ継がれています。
※松原定吉さんのあとを継いだ福与さんは、昭和29年に化学藍を天然藍に替え、江戸時代そのままにかめ場を復元しています。
長板中形の染め方/意味/藍染め浴衣/人間国宝/両面染めの藍と白のコントラスト・まとめ
浴衣における「長板中型」の魅力は、布の表裏両面に一寸の狂いなく型を合わせ染め上げることで、藍に染まっていない白地部分がキレイに抜ける点にあります。
高級浴衣として今も非常に人気のある浴衣です。
現代も松原福与さんのあとを継ぐ三代目の方が、江戸時代から残る斬新なデザインの型紙(め組やコイの滝登り)などの藍染が染められています。
「青は藍より出でて藍より青し」の言葉通り、江戸の技法が今も鮮やかな青を表現いています。
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